我孫子駅「弥生軒」の唐揚げそば!山下清画伯ゆかりの味を堪能?我孫子駅ホームの立ち食いそば店「弥生軒」の歴史と名物
我孫子駅のソウルフード「弥生軒」は、巨大唐揚げが乗った絶品そばで有名!画家・山下清ゆかりの店で、彼の作品にも出会える。げんこつ大の唐揚げは、ガリッとした食感でそばつゆとの相性抜群。地元民だけでなく、鉄道ファンやグルメも魅了する一杯。B級グルメを超えた完成度とコスパで、あなたも弥生軒の"儀式"を体験!

💡 JR我孫子駅のホームにある立ち食いそば店「弥生軒」は、名物の唐揚げそばが人気。
💡 放浪画家・山下清が、駅弁販売時代に弥生軒で働いていたというエピソード。
💡 1928年創業の弥生軒は、現在も我孫子駅を中心に複数の店舗を展開している。
本日は、我孫子駅の立ち食いそば店「弥生軒」についてご紹介いたします。
まずは、この記事でわかることの要点を見ていきましょう。
我孫子駅、懐かしき味と出会う
我孫子駅の伝説の立ち食いそば「弥生軒」のソウルフードは?
唐揚げそば!画家・山下清も愛した味。
JR常磐線我孫子駅のホームにある弥生軒は、多くの方に愛される立ち食いそば店です。
名物の唐揚げそばは、そのボリュームと美味しさで評判です。

✅ JR常磐線我孫子駅ホームにある弥生軒は、大きな唐揚げが特徴の唐揚げそばが名物で、山下清が駅弁販売時代に働いていたことでも知られています。
✅ メニューは唐揚げそば、唐揚げうどん、天ぷらそば、ちくわ天そばなどがあり、トッピングも豊富でアレンジが可能です。
✅ 弥生軒は我孫子駅に複数の店舗があり、1928年創業で当初は駅弁を販売、1967年頃から立ち食いそばに転換し、唐揚げそばは平成に入ってから誕生しました。
さらに読む ⇒蕎麦と町中華と銭湯と出典/画像元: https://soba-machichuka-1010.com/soba/soba-abiko/abiko-yayoiken/弥生軒の歴史と、唐揚げそば誕生の背景が興味深いですね。
山下清画伯との繋がりも、お店の魅力を深めています。
創業から現在に至るまでの変遷が、お店の歴史を感じさせます。
1928年創業、千葉県我孫子市のソウルフード「弥生軒」は、駅弁製造から始まりました。
常磐線の通勤路線化に伴い、乗り換え客の需要に応える形で唐揚げそばを提供開始。
現在では、我孫子駅と天王台駅で営業しています。
特に我孫子駅の店舗は営業時間が長く、人気が高い。
2023年4月、著者は我孫子駅のホームにある「弥生軒6号店」を訪れました。
そこで、かつて画家・山下清が住み込みで働いていたことを知り、その歴史に思いを馳せます。
え、山下清が働いていたお店なんですか!すごい!これは絶対行ってみなきゃ!写真見たら、めちゃくちゃ美味しそうだし、歴史的な背景もあって、楽しみすぎる!
山下清画伯と弥生軒
山下清が弥生軒で有名になったきっかけは何?
駅弁の包装紙の絵を描いたこと。
放浪画家として知られる山下清画伯は、弥生軒で住み込みで働き、駅弁作りなどを手伝っていました。
その時代のエピソードを紐解いていきましょう。
公開日:2024/07/24

✅ 放浪画家として知られる山下清は、弥生軒で住み込みで働き、駅弁作りなどを手伝っていた。
✅ 山下は半年ごとに夜逃げを繰り返したが、後に画家として有名になり、駅弁の包装紙に絵を描いた。しかし、4枚目の絵を完成させる前に亡くなった。
✅ 弥生軒は創業100年を迎えようとしており、伝統の味を守りながら、現在も複数の店舗で営業している。
さらに読む ⇒おとなの週末公式|おいしくて、ためになる食のニュースサイト出典/画像元: https://otonano-shumatsu.com/articles/347687/3山下清画伯が弥生軒で働いていたというエピソードは、お店の歴史に深みを与えますね。
彼の才能が、この場所で育まれたと思うと感慨深いです。
駅弁の包装紙の絵も見てみたいです。
山下清は昭和17年から5年間、食糧難の時代に弥生軒で働き、弁当のラベル貼りなどをしていました。
放浪癖があった清は、店を去っては戻ってくることを繰り返し、最終的には画家として有名になりました。
彼は弥生軒のために駅弁の包装紙用の絵を描き、その絵は現在も展示されています。
弥生軒は、山下清の才能を育み、彼の作品は今もなお、訪れる人々に感動を与え続けています。
山下清画伯が働いていたお店なんですね!そんな歴史があったとは知りませんでした。家庭料理にも活かせるヒントがあるかもしれませんね。今度、子供たちと一緒に行ってみたいです。
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巨大唐揚げが乗った弥生軒の「唐揚げそば」は、ボリューム満点! 揚げたて熱々の唐揚げと自家製そばつゆが絶妙。我孫子名物、ぜひお試しあれ!