三國清三氏の軌跡:料理人人生と『ジャポニゼ』の世界とは?三國清三:幼少期の経験から「Dining33」まで、料理への情熱
北海道増毛町生まれ、世界を舞台に活躍する三國清三シェフ。貧困から料理の道へ進み、駐スイス日本大使館料理長を経て、フランス料理の奥深さを探求。ミシュラン三ツ星での経験を活かし、日本食材を駆使した革新的なフランス料理「ジャポニゼ」を提唱。その集大成『JAPONISÉE』には、全国の旬の食材を用いた102品が。麻布台ヒルズのDining33では、シェアスタイルで「ジャポニゼ」を体験!伝統と革新が融合した、三國シェフの料理哲学を堪能あれ。

💡 貧困の中で育ち、料理の道へ。帝国ホテル、スイス大使館での経験。
💡 フランス料理との出会い。「ジラルデ」での修行と「キュイジーヌ・スポンタネ」。
💡 「オテル・ドゥ・ミクニ」の誕生、そして「ジャポニゼ」という表現。
本日は、日本のフランス料理界を牽引する三國清三氏の料理人としての道のりと、その哲学に迫ります。
料理人への道:幼少期から大使館料理長まで
三國清三氏、料理の才能開花のきっかけは?
駐スイス日本大使館料理長への抜擢。
三國清三氏は、1954年北海道増毛町で誕生し、幼少期に自然の中で育ちました。
札幌の米屋、札幌グランドホテルでの経験を経て、帝国ホテルで料理の世界へ。
その後、駐スイス日本大使館料理長に抜擢され、その才能を開花させました。

✅ 三國清三氏は18歳で帝国ホテルに入り、洗い場を担当するも、料理の腕を磨く機会は少なかった。しかし、全てのレストランの洗い場を積極的に行い、料理人としての成長を模索した。
✅ 帝国ホテルで2年間洗い場を担当した後、スイスのジュネーブにある日本大使館への推薦を受け、海外での料理人としてのキャリアをスタートさせた。
✅ 帝国ホテルでの経験を通して、料理長への献身的な姿勢や先輩からの指導を受け、料理人としての基礎を築いた。 また、自身の努力と積極的な行動が、その後のキャリアに繋がった。
さらに読む ⇒テレ朝POST出典/画像元: https://post.tv-asahi.co.jp/post-119810/帝国ホテルでの下積み時代から大使館料理長までの道のりは、努力と才能が実を結んだ素晴らしい物語ですね。
料理に対する真摯な姿勢が、その後のキャリアを切り開いたのだと思います。
1954年、北海道増毛町で生まれた三國清三氏は、貧困の中で自然に触れながら育ち、料理人としての味覚を育みました。
札幌の米屋での住み込みを経て、札幌グランドホテルで皿洗いから料理の世界へ足を踏み入れます。
その後、帝国ホテルで村上信夫料理長の下で修業を重ね、20歳で駐スイス日本大使館料理長に抜擢され、その才能を開花させました。
大使館勤務中にはフランスの三ツ星レストランなど、5軒で修業を積み、その後の料理人としての基盤を築きました。
なるほど、三國清三さんの料理人としてのスタートは意外と地道だったんですね!洗い場からスタートって、なんだか親近感がわきます。その後の活躍ぶりと、幼少期の経験が繋がってるのが興味深いです!
フランス料理との出会いと「ジラルデ」での修行
三國シェフが学んだ、料理の奥深さとは?
即興性、食材へのこだわり、チームワーク!
三國氏はスイス、フランスでの修行を通してフランス料理の奥深さに触れます。
ミシュラン三ツ星レストラン「ジラルデ」での修行は、彼の料理観に大きな影響を与えました。
即興性、食材へのこだわり、チームワークの重要性を学びました。
公開日:2023/06/13

✅ アラン・シャペルのもとで修行した上柿元勝氏が、シャペルから学んだものとして、料理のテクニックの本質、素材への敬意と生産者への感謝を挙げている。
✅ シャペルは固定されたレシピに固執せず、素材の特性を最大限に活かすことを重視し、上柿元氏はその教えを基に、地元の食材を活用した料理を提供し、生産者との関係を深めている。
✅ 上柿元氏はシャペルとの厳しい修行時代を経て、シャペルから信頼を得ており、その教えを活かし、現在も日本の料理界で活躍している。
さらに読む ⇒料理王国出典/画像元: https://cuisine-kingdom.com/masaru-kamikakimoto「ジラルデ」での経験は、三國氏の料理哲学を大きく変えたんですね。
特に、即興性と食材へのこだわりは、その後の彼の料理に大きく影響を与えたことが想像できます。
チームワークの重要性も学んだというのは、素晴らしいです。
三國氏はスイス、フランスでの修行経験を通じて、フランス料理の奥深さに触れます。
特に、ミシュラン三ツ星レストラン「ジラルデ」での研修は、彼の料理観に大きな影響を与えました。
ジラルデ氏は、アラミニッツ(注文を受けてから作る)の重要性を重視し、食材をパリから調達するなど、常に最高の状態の料理を提供することにこだわりました。
その創造性は「キュイジーヌ・スポンタネ」として知られ、三國氏はその現場で、即興性、食材へのこだわり、チームワークの重要性を学びました。
また、厨房の「ダ・ヴィンチ」と呼ばれたアラン・シャペル氏の、食材選びやオーダー管理における指揮者のような役割も、三國氏に影響を与えました。
ジラルデ氏の料理は、サッカーのロスタイムの攻防戦のような高揚感があり、三國氏もその情熱を受け継ぎました。
フランス料理って、なんだか難しそうなイメージがあったんですけど、三國さんの場合は、食材へのこだわりとか、チームワークとか、家庭料理にも活かせそうなヒントがいっぱいですね!私も、もっと料理を楽しめるようになりたいな。
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三國清三シェフの集大成! 日本の食材を活かした革新的なフランス料理。36周年記念料理や大型本『ジャポニゼ』、新レストラン「Dining33」で、日本の味を世界へ発信する。